2014年10月13日月曜日



フライヤーデザイン、ドラスティックハンザワ(跡地)





10月31日(金)大塚ミーツ

フグリ×ハセベpresents「騒」

エレファントノイズカシマシ
ふゆうか
跡地(山形)
テコの原理
原田卓馬
タイムボイン
OA.片岡フグリ

DJ TAKEE

open17:30 start18:00
前売¥1600 当日¥1900

~「騒」、それは不測の事態に瀕したあなたの脳、
そのニューロンをあらゆる方向から、
未整理のまま瞬間的に駆け抜ける「ワー!」であり
「キャー!」であり「フォー!」という名もなき衝動の総称である。
そしてそのわやくちゃの脳と脳がぶつかり溶け合う瞬間、それが「グルーブ」である。手をとり合う必要も、拍子を合わせる必要も、そこにはない。
「瞬間」を愛し、「調和」を準備しないメンズどもに依る、プリミティブな「騒」を是非、身ひとつでどうぞ。~



「騒、開催にあたって」片岡フグリ

数ヶ月前、ミーツの長谷部さんからお話をもらい、イベントを一緒にやる事になった。せっかくだし、ドーンとやろうぜ。と、誰を誘おうかと画策数日。脳裏を過る一つのバンドがあった。

春頃、「寺フェス」というイベントを見に、山形へ行った
小高い丘の上に建つ寺から望む、山あい集落に落ちる夕暮れと寺から流れ出す湯川潮音の音楽に、郷愁色のドーパミン分泌を感じた事を憶えている。
そのイベントに、ダニエルジョンストンのTシャツを着た高校生(男)が見に来ていたので、
「いいTシャツやね〜」とフェス会場に於けるナンパの常套手段を取り、友だちになった。
音楽の話などをちょいちょいした程度で、その時は自分のCDを渡し別れたのだが、TOKYO帰宅後、ツイッター等を駆使した彼とのやり取りは続いた。
その会話の中で、自分のバンド、エレファントノイズカシマシ界隈でもポツポツと話題に上がる様になっていた
「跡地」https://soundcloud.com/atochi_fuckinbananas/20140921live
のベースを彼が弾いている事を知り、
ノイズカシマシの事も前から知っているという言葉に、山形のシーン及び跡地への興味はより深まっていった。
時期を同じくして、ノイズカシマシのメンバーであるZaidenの音源が跡地周辺のレーベルよりリリースされるという吉報が自分に届いた。
それらの事もあり、俺内「こいつらと関わりたい」ボルテージは日進月歩の上昇を見せ、
TOKYOとYAMAGATAで意識し合うバンドがいて、ネットや音源だけの交流で終わらすのもアレだな。
と思っていたところに、今回のイベントの話がきた。
渡りに舟!ヘッドライナーはこのバンドしかいない。と脳裏過りのその足ですぐに連絡を取り、跡地に東京へ来てもらうことになった。

そこで、他の出演陣を考える段になり、真っ先に浮かんだのが、
二人組みのユニット「ふゆうか」である。
https://www.youtube.com/watch?v=cFsCVomCQAg
彼らとは、自分のソロライブの時に大宮のヒソミネで出逢い、「teasi」の話題で意気投合した。
数ヶ月前に見たフラワーチルドレンにも通じる、トイピアノと多種多様なミニ楽器を駆使したロココなミュージックはとても素晴らしく、
映像とも相俟って深く心に残っていた。

長谷部さんサイドからは、
ニューパーティームーブメント界の雄、WINDOWZ(現在活動休止)よりリーダーの原田卓馬
https://www.youtube.com/watch?v=SrYc3wyR7qc
オールドファッション(ドーナツ)の色香に身を包む放浪天然ボコーダー、グルパリ率いる、「テコの原理」
https://www.youtube.com/watch?v=jtqs-12hWvM
が決まった。いいじゃん!

最後に決まった「タイムボイン」は偶然見に行っていたUFOCLUBで、なんとなく今日はイケてるヤツに出逢えそうだな。
と思っていたらやっぱり逢えた。
DSを駆使し、チープチープな「異」を充満させる二人組に、大好きなインターシステムズなどの60s電子サイケの気風を感じ、一発で惚れた。
終演後すぐさま舞台裏へ駆け込み、初対面にも関わらず出演を了承して頂いた。アンテナは絶対。
https://www.youtube.com/watch?v=4V3a5CxoA7A

そしてここに、東京最先端二等級雑音の超新星「エレファントノイズカシマシ」、
前説に自分「片岡フグリ」を加えた、総勢七組で、今回のイベントを行う。
未踏柔肌のニューロンシナプスに、未体験な電撃の痒み。
「瞬間」を愛し、「調和」を準備しないメンズどもに依る、プリミティブな「騒」を是非、身ひとつでどうぞ。

「ありがとう」は当日に改めて。
(片岡フグリ)

ついばみ紀行(9/24〜10/12)

・地元のペットショップで繁殖したコツメカワウソが大脱走した時はホントに可愛かった。「きゅっきゅっ」って鳴きながら股ぐらに潜り込んでくるんだよ。
・先日の、廃ロッカー(鉄棚)をボコボコにしばきまくる労働がとてもイカしていた。擬似OKAMOTOノイズ広場体験。快感の耳鳴り余韻。
・三秒後にライブ演出来る己を。立川談志の事を、本当に凄い。と思ったのは、テレビのとあるドキュメント。控え室より「さてと、、」と立ち上がり、一度の停止も無く彼は高座へ上った。これが、出来ない。どう頑張っても袖で何らかの形、象徴に自分を昇華しようとしてしまう。全身芸人をそこに見た。
・売れないナウアデイズは、無駄な乳首を弄り続ける事に似ている。どうか濡れてくれ。そして事に及ばせろ。
・ただ、園子温のパンツ撮りは流石。
・「地獄の底に逢いにきて」という曲が一昨日くらいに完成して、昨日はじめて人前で歌った。とても幸せだ。いまは彼(彼女)の為に生きていたいと思えるよ。歌は光だ。
・新宿を歩いてたら見知らぬ羽織がカバンに引っかかっていた。夏の忘れ衣。
・毎日幾千もの人とすれ違うのに、たった一人の君に逢えない。高い服や、恰幅のいい態度。勲章としての成功。そんなものを引けらかしてやりたいと思う。「頑張ってたんだね」と言ってほしいのか。可能性を秘めた二人は手をつなぎながらも競合している。俺は未だ、そこに母性を求めている。
・ノイズカシマシに於ける「嵐」それは最も畏怖すべき自然事象。「雨が降る日は何もしない。髪がベタベタするから」を地でいく俺たちが最後の活力を振り絞り、会場に辿り着いた暁には、下車前途無効、全速力の見切り発車を約束する。明日アースダムにて八時半。洗濯物は取り込まぬ。濡らしにいくから。
・業者のオッさんが朝礼の時ずっと隣の青年の尻を揉んでいた。満更でも無さそうな青年。
・ほろ酔いの夕闇にピアノはもう聴こえない。いつか見た様なサザエさんも再放送ではない。週末を失った日々が続き過ぎている。忘れる事で生きていけるのに、俺は憶え過ぎている。生半可な「やるしかない」では翻せない程の、夜の結界。その緞帳をひらけ。月曜に触れろ。
・放浪息子、小学生から知ってる「にとりん」がオナニーしまくってるのを知った時の「あの子もそんな年に、、」感は凄い。高校生にもかかわらず露骨なエロを控え、恋人がアイドルという飛躍設定で共感をうまく離してからの。完璧なそのタイミングに、捨て忘れティッシュ見つけオカンを疑似体験できる。
・最近出来た曲に「結界」という歌がある。まどか☆マギカに於ける魔女の設定に感じたシンパシーをやっと歌に出来た。「ユラユラウゴク」そのものの彼女達のテリトリーは残り香の街。その何処にも約束はもう無い。「あなたの口癖がわたし上手になって ずっと昔に借りたままの文庫本をまたひらく」

2014年10月6日月曜日

予定と沈思 第一回












新連載「沈思黙考溢れ出す」 

想念妄念だだ溢れ。片岡フグリの思想体系を定期まとめでお届け致す。 

公演日程 
10月12日 野川公園河原
10月31日 大塚ミーツ
11月2日  高円寺小杉湯
11月7日  渋谷サイクロン
11月11日 東高円寺二万電圧
11月18日 大塚ミーツ


「沈思黙考溢れ出す」 

啓示も訓示も日夜ビンビンに受け続けている。 
それを読み取る言語を持ち得るか否か。なのだ。 
時に人はそれを詩と呼び、インスピレーションを神と呼ぶ。 
そこに気高さを見出す気はなく、 
ライクアゴッホで生きていく気もさらさら無い。 
100年規模の音楽。 
手始めは、いま、ここからなのだから。 

美と官能はイコールで結ばれる。俺の場合は。 
ピンサロで見た、隣の女の尻は未だ満月よりも丸く、美しい。 
彼女たちはいつも、俺のアイドルだ。 
「女に触れることは、天に触れるのと同じ」と、何かの本に書いてあったが、 
こんなに身近に咲くそれらを見落とす手は無い。 
千者千様の乳輪たちに。心からの愛を込めて花束を。 

いなくなったあいつらの事を「利用してやるぜ」と思う。 
感動や涙を意図的に演出する事に、後ろめたさを感じた事もあったけれど、 
良い、悪い。そんな事はもうどちらでもよく、 
忘れたくないから歌うし、未だ燃え続けている火を俺は見ている。 
君の蝋燭よ。俺に火傷を授けてくれ。体に刻ませておくれ。 

「お前を愛している」と歌う事と「お前を覚えていたい」と歌う事は、 
同じ線上に存在する。脳に走った雷電の一つ一つが、未だ音を立て、 
煙を上げ続けている。 
その紫煙に包まれながら、夢想する夢の形。おまえの口癖。肩のライン。 
笑った時の特徴的な鼻の音。 
もはや、ふれ得る命が現世に無くとも。 
その記憶を、血と肉に変えて。その感情を、音に変えて。 
永遠をかけて、サヨナラを告げる。 

すべてを割り切れる程、人生は長くない。砂時計を返す事は、誰にもできない。 
それはただ上方に、横ばいに広がりながらも、確かに積もり続けていくのみだ。 
その丘の上に立ち、取り返しのつかぬ膨大の風を頬に聴いている。 
天空に一番近い場所で眺める世界はどんな色形をしているのだろう。 
「そうか、海だったのか」といつか深く後悔したい。 
それでも山に昇ったことを確かな事実として反芻しながら。 
薄れゆく指先を見つめながら、そこに立ち尽くし、口笛を吹いていたい。 

ああどうか俺を照らしてくれ、光よ。そして、あなたよ。 
光源たれないこの俺に、脚光を、どうか。