2016年11月28日月曜日

「サヴァイビングカスライフ vol4 (ライブ喫茶亀 メルマガ11月号)


ふるさとと青春は遠きにありて思うもので、
俺たちはいつだってメソメソしていたい。
かえりたいけどかえれない、もどりたいけどもどれない場所に、
グーグルマップでいつでも逢える。あるいは一万と少々の課金で、
「帰る」ことはいつでも可能だ。
だが、そんな合理的でサバついた話を俺たちはしている訳ではない。
「還る」こと。「あの日」だった頃の自分に、もう一度。

岡田斗司夫が庵野秀明を称し「破壊をもって大切なものを浮き彫りにする」
クリエイターだと分析していたが、「失ったことにして、持っていた」ことにする。
その技法こそが女々しい俺ら男たちの真骨頂だ。
再生産され続けるセーラー服モチーフのミュージックビデオや、アルバムジャケット。
青春と呼び称した日々は、さながら潜伏するアスベスト。ふとした瞬間、
我々の胸に痛みを与える。

帰省は好きだから、よくする。楽だし。お腹もいっぱいだ。
土田世紀が生きていたらボコッボコにされそうな甘ちゃんの言であるが、
父、母、祖母、犬、各位それを喜んでいる風なのだし、
俺に至ってはお小遣いも貰えるし、ウィンウィンなので、よいではないか。

先日、神戸のライブイベントに誘われたので、そのついでにと郷里へ四日ほど逗留した。
大体は、しこたま借りこんだ書籍やDVDを日がな一日かけて消費、
犬と昼寝、母と会食、近隣寺社仏閣のパトロール(エロ本の発見以外に異常のあることはほぼ無い)、時期によっては、友人と謁見、
といったお決まりの「実家コース」を辿ることが常だったが、
今回は数年ぶりの超希少イベント、「同級生ガールとの飲酒」がしめやかに執り行われた。(心配になるくらい客の居ない焼き鳥屋にて)

「だから、おっきい方がいいだけでしょ?」
「わかんないかなぁ、一度でいい。さわってみたいんだよ、その秘宝に。巨大な宝玉に。触れてみたい。それはロマン」
「だったら、そういうお店に行けばいいんじゃないの?一回だけでいいんでしょう?」
「あのね?ワンワン王国ってあるでしょ?犬がいっぱい居る。あぁ~可愛いねぇ可愛いねぇって、
見知らぬ子犬の頭を日がな一日撫で回しますわなぁ、でも、でもね?考えてもごらんよ。そこに愛はありますか?
日々の粗相の世話、吐瀉物を片付けたこともあったさ。大雨の深夜に獣医に駆け込んだこともあったかも知れないね。
そんな日常の中、ふとした休日、何もないふとした朝に、隣で彼女が寝ている。
彼女っていうのはここでは犬のことね?
そんなモフモフを寝起きの肌に感じながら、あ~よしよし、、って撫でる頭の愛しさ、柔らかさ!!」
「何言ってんのか全然わかんない」

といった「巨乳イニシエーション論」を一方的に焚付けながらも、
おおむね(あえてここは平仮名表記にすべきだろう)、会話も弾み、楽しい会見になったことと思う。
が、オーロラの夜はそのベールをかなぐり捨て始めていたに過ぎなかった。

「こうやって二人で飲むなんて、思ってもみなかったよね」
「そうだね、ちゃんと話すのも、、何年ぶりだろう」
「高校から、わたし、遠くに行っちゃったしね」
「中学の時さぁ、俺、ずっと好きだったんだよね」
「え?、、うん。わたしも、好きだったよ」
「は?、、マジで言ってんの?ていうか、あったよね?好きって言ったこと」
「だっけ?なんか、よく覚えてないなぁ」

自分の歌に「宝塚インター」という作品がある。

夢の中では「僕」と呼ぶ
いまとは違う一人称の
それは懐かしい未来のわたし

「あったかも知れない未来」を歌ったものだ。

「じゃあ、付き合ったりしてたら、今とは全然違ったかも知れないね」
「うん、そうだね。きっと、、楽しかったと思う」
「(お?)」
「じゃあ、、帰るね。お父さん呼ぶよ」
「あ、あの!お、送ろっか?家まで」
「えっ」
(と長々と標準語で書いてきたが、
「なんでやねん」「ほんまに~」が飛び交う、
「僕は君を」と言いかけても消える灯がそもそも無い四方は山の播州の片田舎である)

彼女の家までは遠い。その一時間弱の道のりに何を話したのかは、今ではもうほとんど覚えていない。

「遠距離」
「ワンチャン」
という具体的なキーワードも飛び交いはしたが、
その「ときめき」のようなものに名前をつけることもせず、
俺たちは何となく軽い「ジャブ」を繰り返していた。
「自分、頭撫でていいっすか、、?」とか「手、繋いでみてもいいっすか、、?」とか。
一歩ずつ、一歩ずつ。それでも、確信へ到る、懐へ飛び込むアタックはしない。
コーナーで探り合いながら、「勝負」の構えをとったまま、ゴングが鳴らされるのを待っていた。

「じゃあ、もうここでいいよ」
「うん、またね」
「うん、また」
「、、、、」
「、、、、」
「ギュってしていい?」
「え?」
「嘘だよ、うそ。じゃあね」

と別れ、
帰路に拾った快楽天と失楽天のセットで、一発抜いて夜に紛れた。
月ではとても照らし切れない。田舎の夜は存外に暗い。
少しだけ荒くなった自分の息に、川の音だけが張り付いていた。

大人だったら踏み込んでいたろうか。
大人だったら、どうしてたんだろう。

浮ついた夜。若さをもてあそぶ俺たちの、最後の純情。
ふるさとと青春は遠きにありて思うもの。
いつだって俺たちは欲しかったものを飾ったままで、パッケージを開ける勇気がない。
「開けないと、遊べないよ?」
わかってる。わかり過ぎるくらいに。






2016年11月23日水曜日

来月、個人的にキュン死に必須なイベントがあります。

「美少年」
12/9(金)下北沢古書ビビビ
START20:30 ¥1000
坪内和夫
冷牟田敬
片岡フグリ
どろうみ

フライヤーもデザインしました。


2016年11月16日水曜日

「サヴァイビングカスライフ vol3(ライブ喫茶亀 メルマガ10月号)


界隈が金木犀とやらに包囲され始めている。
秋の恒例となっている、その「香り」なのだが、
一体どれがそうなのか、ずっと分からなかった。

「におい」というものは音よりも遥かに、
伝達の際に要されるボキャブラリーの在庫を求められる。
「ガーンガーーンって、高いところから順序よくコンクリートの塊を落とし続けてるみたいな工事の音で、AM11:00。私の週末の扉が開いてさぁyeah」
なんて言われたとする。うん、なんとなく分かる。

そうねそうね、親方の怒号が遠く、そしてやたらと響く重機の稼働音、
テンポのいいハンマーの打撃音が二度寝のまどろみを誘い、そんな天使の誘惑がかげろうの様に揺れているあの感じね。だが、
「で、気付いたら実験室に変なにおいが立ち込めてるの。
ほら、ビニールが燃えるときの嫌ぁ~な臭いとシャケが腐りかけた時のにおいが混ざったみたいな」
と、鼻経験に一つでもないモノがあると、もうなんだかよく分からない。

とは言え、花屋へ赴き「ねぇ君。金木犀のにおいって、
どんなものなんでしょう?僕と、探してくれませんか」
と古き良き日本映画に於ける祖母の回想、
世界大戦の前線に若くして散った祖父の出征前最後の小粋なプロポーズめいたことは恥ずかしくて出来ない。

そこで、現代文明の利器「ツイッター」にて問いかけをしてみることにした。
すると、全くの他人だが即答をして頂けた方がおり、彼によるとそれは
「でんぷんのり」に似ているにおいなのだそうである。
でんぷんのり?なんだそれ?ちょっとそれ鼻ボキャブラリーに無いっす。
もっとオシャレな横文字の例を出してもらっていいですか?
と答えそうになったが、
「幼稚園の時、黄色い入れ物に入ってた白いのりのことです」との続報。
あー!アレか。と一瞬で察知する。
と言われると、なんとなく覚えがある気がする。
あの「なんとなく何処か帰る場所がある様な気がしてくる」においのことか。
それを俺は知っていて、思い出そうとすると、あるバンドの音楽がともに流れる。

そのバンドを「ブラッドサースティブッチャーズ」という。

時代というものは、人それぞれがそれぞれに持つもので、
金木犀が(でんぷんのりを通し)思い出させてくれた「青春」と名付けられたそれも、
(歪であれ、麗しくあれ)一様に誰もが持つものである。

その代名詞となったのが自分にとってはそのバンドで(細かい概略などは省くが)
上京一年前後の「若さとはこんな淋しい春なのか」期(と呼ぶことに今した)の頃、
あらゆることが上手くいかず、全てを傾けていたバンドも散開、曇天にとおく酒浸り、
川を見に行くことだけが楽しみであり、残された日常だった。

辛く、そしてひょっとしたら一番音楽を求めていた時期に、最も近い場所で、
そして最も大きな音で幾度も幾度も聴き、
そして観たバンドが、今は亡きブッチャーズだった。

数年前、時期は秋から冬のいつか。
渋谷で彼らを観たことを、銀河鉄道の夜のように覚えている。
一番前で、まん真ん中の一番いい場所で、俺は。

終演後、
耳鳴りという名の余韻とほろ酔いで薄いシルクに覆われた様に見えるセンター街。
街頭で安く売れ残っていたワインのボトルを傾けながら、
行ったこともないニューヨークの地下鉄を夢想する。
帰路につく京王線が進むにつれ、酔いも加速していく。
井の頭公園の駅前に止めた自転車が盗まれずにあることを確認したら、
証明写真のボックスで、残ったワインでたった一人のパーティーをした。
小さな頃、押入れの中でしたおままごと。くぐもった声には、
まるで自分と会話をしている様な不思議な魅力がある。

ボトルを一本まるまる空けてしまい、良い感じ以上に回った酔いは、
異常な高揚感と心地いい自棄で俺を包み、
迷惑な電話やメールを数少ない友人や知り合い女性に投げかける無謀な勇気を無理矢理に授けてくる。
が、もちろんそんな迷惑は誰の歯牙にもかけられない。
だけど、酔漢への邪険なその返答でさえも、
既に現実からビヨンドしている意識を、その青い炎を大きくした。

ズタボロにパーフェクトだった俺は公園の砂場ででんぐり返しを繰り返し、
尻もちをつき、肘を擦りむき、己の醜態に大笑いし、
大車輪する頭のバランスをなんとか保ちながら、ipodに這わせた指をシェイクする。

そして、ただ、音だけが響いた(泥酔で目も開けられなかったし)

あの夜のにおいを覚えている。

界隈が金木犀に包囲され始めている。
なんとなく、何処か帰る場所がある様な気がしてくる。
そんな風に思えるのは、過去を手に入れ、
コーヒーを飲める様になった大人の特権だ。

一年で一番、誰にとっても懐かしくセンチメンタルな季節。

そんなのが、あってもいいんじゃないかな。




2016年11月2日水曜日

今週末も学祭巡りです。
土曜は東洋大学、日曜は多摩美術大学でエレファントノイズカシマシのライブを行います。
で、それに先駆けて2014年の多摩美術大学芸術祭とその周辺(学校を追い出されたので)
にて行ったエレファントノイズカシマシのパフォーマンスをドキュメントし、
自分が編集した映像作品「THIS IS NOT ART」がyoutubeにて限定公開されています。















現時点でのエレファントノイズカシマシの特徴とも言える、
空間全てを楽曲と捉える「現場音楽」
の原形が産まれる瞬間が記録された(今思えば)そこそこ貴重な内容になっているかと。
夜長にどうぞ〜。


先日の企画のダイジェスト映像が出来ました!!!!
とても良い内容なので、是非ご覧になってみて下さい。
撮影、編集はもはや盟友、白岩義行さん。
自分は「宝塚インター」という曲を演奏しています。

片岡フグリpre
MELTING SHITTY POP NEXT vol.3
2016/10/7(金)大塚MEETS
出演
片岡フグリ
MONO NO AWARE
ペガサス
しずくだうみ
DJ 剤電
撮影・編集
白岩義行