2017年1月25日水曜日

WE TALK (第二回)
「WE TALK」は片岡フグリによるニュー対談プロジェクト。
始発と閉店追い出されを目処に、あらゆるメンズとロングな対談を繰り広げます。
第一回 http://nemurazunoyume.blogspot.jp/2015/06/lr-y-we-talk-melting-shitty-pop-next_8.html

大河内大祐主催イベント「ロマンスと駄々」を終え、
ミッドナイト差し掛かる大久保ひかりのうま。
場末のバーと化し、異国語飛び交う喧騒の地下室。
終電を諦めた男たちのトークが、
その緞帳を開く----


片岡フグリ(以下 片岡) 大河内さん、今日緊張してなかったですか?

大河内大祐(以下 大河内)緊張した

片岡 なんか分かりました。ひょうきんさがあまりない感じ

s.u.z.u.k tultuuga ockestla(以下 鈴木) 殺人感があってよかった

鈴木 自己紹介から?

片岡 あ、それは俺が書いておきます。








L→R

大河内大祐

埼玉県出身
2007年頃からバンドでの音楽活動を始めるも
2012年頃バンドが頓挫し弾き語りによる活動を開始。
何故かジョニー大蔵大臣と2マンをしたことがある。


藤原忠

歌手、新宿ナインスパイスのブッカー


s.u.z.u.k tultuuga ockestla
(スズキトルトゥーガオーケストラ)

本宮町出身
1986年4月1日うまれ
鈴木良典
音楽:うみ 


セキモトタカフミ(どろうみ)

2013年3月仙台で結成のアコースティックユニット。
2016年より東京で活動中。
同年にボーカルにツラネのにこげ、チェロに対tuiのしおりを迎えて現在トリオ編成。


片岡フグリ

歌手、エレファントノイズカシマシ、PHETISH/TOKYO代表。
2012年より現行の活動を開始。


写真撮影

白岩義行

1984年10月29日生まれ
普通の四年制大学、普通の会社員を経て、
20代後半より映像制作を始める。
フリーにて、時折映画の仕事等をしつつ、
現在は主に音楽関連の映像を手掛ける。

お仕事のご依頼は下記へ
yoshiraiwa@hotmail.com



イベントを終えて


片岡 今日はどうでしたか?

大河内 自分は置いといて、、いい日だとは思います。
なんでこういうブッキングをしないんだろう?って

片岡 仲良しじゃないからじゃないですか?演者に共通の仲良しがいないから

大河内 友達。っていうかセキモトさん(どろうみGt/Voセキモト)とはちょくちょく連絡を取り合って遊んでるけれど、それを差し置いて「アーティスト」として割り切っている部分もあるし、そういう風に思える人しか呼びたくない。刺激をくれる人しか呼びたくない

片岡 お客さん、若い人が多かったですね。
フォークのライブっていつも年寄りが多いですよね。何処で見つけて、来るんでしょう?

セキモトタカフミ(どろうみ 以下セキモト) しょっぱくなりがち

片岡 しょっぱく?

セキモト 仙台にいた時とか弾き語りのイベントとかあったんですけど、
終始テへペロっていうか。わっはっはって。弾けなくてもいいかぁ~っていう。
掃き溜め。

片岡 お遊戯会?外でやれば?って。敷居跨ぐのは早いよ(漫画 DMCより引用)

セキモト そういう悪い意味でのウェット感があった



共演者、松浦湊について


セキモト やってる音楽と人となりがマッチしている

片岡 そう!そこなんですよね

白岩義行(以下 白岩)セキモトさんの印象で、浅川マキも確かにそうだけど、埋火の、、

片岡 見汐さんですか

白岩 MCの「間」から、一続きで曲に流れるみたいな

片岡 そこですね。俺がどろうみに思うのはそこかも知れない。もうちょっとだなって思うのは。
ライフスタイルを越えれていないというか。越える必要のない人もいるけど、松浦さんとかは歌に持って行かれてるところがあると思う。
生活の中に音楽があるって人はいっぱいいるんですけど、俺が観たいのは、歌に引っ張られて生きている人。
特にフォークは、暮らしの中の音楽っていう、そういうほっこりにいきがちな音楽なのではないかな?って

セキモト ダイアリー的な

片岡 それをいかに越えれるかっていう。越えなくていい人は、それはもう歌に引っ張られてしまっているから。音楽がもう先にあるから、それを「全部本当だな」って言えるか。「嘘」じゃないけど、「本物」になれてるのかっていう

セキモト 落ち込んで来た

大河内 確かに分離する瞬間ってある。そうなると乗れないから

セキモト 早川義夫も同じ様な、「どうすれば音になれるか」って。
突き刺さりますね。

片岡 まぁ感想っていうか。良くなるから。俺もそんな人に言える程アレだけど


女性、ラブについて

片岡 そういえば前の鈴木さんとやったイベント、女の人いなかったですね




鈴木 一人もいなかった

大河内 逆に珍しい。ガッツリ男だけっていうのが

鈴木 みんな男でしたね

片岡 どう思いますか?こういう音楽に女の人は付き物かと

鈴木 フグリくんっていうより、俺の存在がまずあるから?

片岡 いや、でも俺も来ないですよ女の人

白岩 女の人の方がさっぱりしているというか、感性が。
男の方がウェットっていうか

大河内 なんなんですかね

片岡 女の子が聞いて楽しい歌ではないとは思うけど

大河内 やっぱりなんだかんだ軽いものを求めているのかな?スカっとした

白岩 というか男の人の方が基本的に女々しいので、そういう表現を好む人が多いというか

片岡 一緒にいる時間を歌わないから。勝手に別れた人のことを歌ってるみたいな。ときめきたいよ~って

セキモト フグリさんの歌は、僕は全部ラブソングだと思う。ですよね?

片岡 そうですね。俺なりのラブ。
「ロブスター」って映画があって、それのポスターが、
抱きしめているけど、シルエットしかない


大河内 あれはグッときた

片岡 これだな、と思って。
俺の歌ってこれなんだな、って。
シルエットになったことで、女の人を浮き彫りにしてるんだけど、空っぽ。
且つ、コントラストで実は男がよりフォーカスされている。こういう事なんだなって。

セキモト 輪郭だけ

片岡 昔の詩人が、身分の高い人へのあこがれを詩にして、彼女をなぞるみたいな。彫刻的に。
そういうことなのかなと。大河内さんはどうですか

大河内 僕はもともと、空想をしたい人間で、ずっとその中に居たい人間。頭の中を如何に引きずり出して外に出すかっていう。それがラブソングになったりもして、でも敵わないラブソング

セキモト あの娘は檸檬


大河内 あれは完全に敵わない

セキモト 童貞の曲

大河内 我慢汁みたいな歌ばっかり作ったりする。勃ってるけどイけないっていう

片岡 一人で勃っているんですか?

大河内 うーん、一人で勃っている。
壁だって認識できないけど、向こうに理想の人がいて、そこに届きたいけど絶対に届けない。これからセックスをするぞって時なんだけど、後ろから触手が伸びて、出来ない。イきたいけど、イけない曲が多い。

セキモト 個々人の体の事情?

大河内 俺、早漏ですけど

セキモト 僕も、早漏です。

片岡 俺、人の良いところが見つけられない。ここを良くしたらいいのになって。
嫌がりますよね、そういう事を言われるのは

セキモト 人って悪いところの方が見えやすい

片岡 そうですね。俺の見方がかなり穿ってるというか、勝ち目を探すんだと思いますけどね

セキモト 資本主義だ

片岡 負けたって思ったことは、ほとんど無いけど

セキモト この自信、凄くないですか?ドラゴンボールみたいな。
僕はあまりそういうのないんですよ。勝ち負けっていう

白岩 その感じ分かるかも。くそまみれ俺感。
多分まわりからそうは思われてないけど、俺もいつでも勝ち負けばっか考えてる

片岡 男根主義ですね

セキモト、大河内 だんこんしゅぎ、、?

白岩 どうあっても最終的には男なんだなって

片岡 そういうところが女の人が来ないところ

セキモト 男と女、って役割がはっきりしてるんですね?

片岡 そうですね。男尊女卑、、でもないか。両方卑しいと思ってはいるんで。
かといって自分至上ではない。自分ありきではありますけどね勿論

〜~一同、終電を諦める~〜


フォーク、演奏について

大河内 俺、でもフォークがいまいち分からなくて

片岡 俺はフォークに興味がないです

セキモト 今、みんなそうなんじゃないですか?

大河内 でも、かろうじて、どろうみはなぞってない?

セキモト 乗せていってますね。元々バンドをやってて、二軸があるから、バンドやってアコースティックもやって、みたいな。
じゃあこっちは加藤和彦、友川カズキに寄せていこうって

白岩 確かに、所謂情念系のシンガーっていうよりも、ソングライター系のシンガーというイメージがありますね

セキモト 俺、すごい緊張しいで、部屋で弾いて歌ってる時がマックスで。だから、音に慣れてない

大河内 ステージに?

セキモト そうですね。確かに三人は情念系

白岩 音の塊になるっていうより、曲になるって感じなのかな。どろうみは

片岡 そうですね、曲をやるか。っていうのがポイントで。
曲になるか、ライブになるか。
でも曲をやらないとやっぱり話が変わってきちゃう

大河内 そうだね

片岡 ずっと曲じゃなかったので、自分は。最近は曲を意識してやっています。

白岩 弾き語りにおいて?

片岡 はい

大河内 確かにそう言われてみれば、一時期から、
坊主の頃に比べたら、全編を通してこれが片岡フグリっていうか。

片岡 しんどかったんでやめました

大河内 今は曲ごとの際立ちが目立ってますよね

鈴木 僕は、分からないところから始まる。
通してずっとやっても、集中力だけは。人が見てどうか分からないけれど、自分の集中力は途切れさせない。それが延々

大河内 鈴木さんは「その日の曲」って感じが全体的に

片岡 何を目指すかですね。ラジオで流せるかっていうと、微妙ですね。狙うかどうかですけど

白岩 鈴木さん、初めて見た時は短い尺で、その時集中して見ていた訳じゃないけど、全部を集中して観てこそ成り立つんじゃないかなと


チェロ、弦楽器

大河内 どろうみ、リハの時調子よかったですね

セキモト でもね、僕はライブをやって「悔しい」とか無いと思ってたんですけど、
まぁそんなことは無かったですね。出てよかったです。
自分を見つめ直す日になりましたね

鈴木 チェロの方(チェロ、しおりfrom 対 tui)は、今回初めてですけど。練習は何回か?

セキモト 今日で逢うのが三回目ですね

鈴木 じゃあ完全に一から

セキモト この間、下北沢に見に来てくれて。スタジオに入って、じゃあやろうかって。

鈴木 そういう感じだったんですね

セキモト 彼女は凄い人ですね

大河内 チェロって凄いね。

セキモト なんなら全部のバンドに入れてやろうかっていう。力のある楽器

大河内 しおりさんの腕もあると思うんだけど、チェロ本来のパワーというか

セキモト 生鳴りの強さですよね

大河内 鈴木さんのジャンプス(s.u.z.u.k tultuuga ockestla+荒川(from Redd Temple)の時も

鈴木 弦の強さ

セキモト ヴィオラでしたか?

鈴木 ですね

大河内 ブッシュバッシュ(小岩)の時、完全に生音で

鈴木 そうか。ジャンプスは生音でしかやった事がない。
デカい所では、どうしようかって

大河内 ステージのあるライブハウスとか

鈴木 ラインを繋いだり、マイクを通したら、それは電子音になってしまう。
僕はギターの音って悩んでいて。プリアンプ通しても変わってしまう。難しいですね

セキモト フグリさん、今日はどうでしたか?


金、それにあたって

片岡 俺ですか?俺は、、お客さんがいっぱい居たんで、出たかったですね。
大体そういうことを考えてますね

セキモト 守銭奴。ベニスの商人ですね。
でもフグリさん、そういうところは一本通してるから

片岡 「資本主義の犬」を目標にしようと思っている

セキモト いいですね

片岡 ソロっていうのをどこまでお金に換えれるかって考えない様にしようかなとも思ってるとこもあるんですけど、正直。バンドが儲かり始めたんで。
ソロでは変な話、芸術表現を高めていく、みたいな。
でもあまりそれを割り切ってしまうのは俺は好きじゃなくて。もちろんソロもお金になったら絶対良いに決まっているし。でもそれが比例するかはわからないですね。
高まったからお金になるのか。っていう簡単な問題じゃない。
でも、フォークをやるにあたってやらなきゃいけない、やりたくないことってありますよね。言ってしまえば、やりたくないことの度合いが、バンドの方が、まだマシ。
お客さんとの交流とか、セオリー通りにやるとしたら、やらなきゃいけないことな訳じゃないですか?そういうことで、やりたくないことが多過ぎて。
バンドの方が心を売れる。プロジェクトとして見てるから

セキモト 会社ですよね

片岡 そう、法人をどう動かすかって。それこそレーベルを作った(自主レーベルPHETISH/TOKYO)というのもあるので、法人的に動かすと思うと、面白くなってくる。
でもフォークでそれはやりたくない。嫌々やろうとしていたこともあったけど、やっぱり好きじゃなかった。
だったら、もっと表現を高めて。バンドのおこぼれでソロが売れてもいいかな、と正直思う

セキモト フグリさんは今ソロでやってるのはフォーク(ソング)って思ってる?

片岡 思ってないですね。フォークはフォーマット、便利な呼び方に過ぎない。
やらざるを得なくてやってるし、バンドをクビになって他に出来る事もなかったっていうのがきっかけだし

セキモト 紆余曲折が

片岡 やっぱり歌はやりたいなって。でも、クソ下手だったんですよ、歌。
ハードコアみたいなのをやってて、叫んでばっかだったから。
歌うっていうのがやれなくて。それは練習しました。ある程度までは。
カラオケに通って、ヤケクソで。大学を留年したりしましたけど。
マシになりましたけど。やるしかなかったんで


ジャンル云々

セキモト どんな音楽をやってるの?って訊かれる時があるんですけど、困るんですよ。
こっちが訊きてぇよっていう。俺が知りたいよって

大河内 やっぱり一人でギターを弾いて歌っているっていうと、どうしてもゆず、秦基博

セキモト 秦基博のパイがデカいんですね

大河内 絶対認知されない。興味持ってくれない。バンドやってます、って言ってノイズバンドっていったら、何それって?なるじゃないですか
逆に、一人でギターでやってます=ゆず、秦基博

片岡 フォークは面白い音楽なのか?って大河内さんはよく言ってますけど

大河内 面白いかどうか。一時期、弾き語りってつまんないって思ってて。
今日出演してもらった人もそうだし、これから交流していく人も、
弾き語りっていうつまらないものをつまらなくないように努力してる人にしか興味は示さない。
フォークシンガーじゃなくて、ソロとして出来上がってる人に

片岡 人間ですか

大河内 表現している人間として面白い人。

セキモト フォークっていう括りの先にいくっていう


結局、人?

片岡 微妙なとこですけどね。結局、人なんだなっていう。そこが俺はちょっと厳しいなと思ってて
言ったら、さっき言った様に、女の人が来ないっていうのは。単純に人として足りないところがあると思うんですよね

セキモト そうですか?

片岡 でも人垂らしにならないと、フォークは成立しないところがあるので、そこは怖い。ダニエルジョンストンを俺はすごく尊敬していて、でもあの人があんな人間じゃなかったら、
例えばどこかのSEやってる人とかが休みの日にあれをやってたとして、ここまで好きになってるかなって。
あの人は本当にピュアの塊というか。「ジョンストンの壁」みたいなのが俺の中にあって、越えられないものみたいな。
でもあの人が、エリートでCEOとかで。じゃあ聴くか?って言われると、うーんって。じゃあ音楽を愛してるんじゃなくて。人を愛してるのかなって

セキモト 音楽と人柄っていう話ですね。その人が好きだから、その人の音楽が好きなのか。音楽が好きだから、その人が好きなのか。よく分かんなくなっちゃう

片岡 フォークは物凄くその割合が大きい

セキモト 友川さんが言ってたのが、岡林信康をラジオで聴いた時、「今日の仕事も辛かった」みたいな。こんなことを歌にしていいんだって衝撃を受けて、それは日記。
自分一人で書いた日記を歌にするっていうのが、ある意味斬新。
でも今のポップミュージックって日記っぽいって思っていて。バンプとか日記だと思う。そういう意味では、そういうのが当たり前になってるのかなって

片岡 シティポップなんて日記じゃないですか。あ、違うメッキか

セキモト メッキ?偽りってことですか?

片岡 偽りではないです。
俺はなんか年下の人が売れてるからムカついてるだけかも知れないですけど(笑)
でもどっかしら本当に好きになれない部分もあるのは、一回見ていいやぁ~ってなるのは、俺も結局人を見てるのかなぁって。
曲もライブもいいけど、もう一回は無いかなぁって。何故なのか?って言われると
銀杏ボーイズから始まったっていうのが俺の中で凄く大きい


銀杏ボーイズ

セキモト あれこそ日記じゃないですか

片岡 日記っていうか、銀杏は凄くノイズ的。
それは音楽としてのノイズじゃなくて、一回生の美学をとても大事にしていて、ライブのやり方を俺は銀杏に叩きこまれた。
俺らの世代はその影響が強過ぎて、曲に対する愛情が薄い。ライブというものに比べて

大河内 確かにライブ

片岡 どこに込めれるかっていう。

セキモト さっきの話につながりますね

片岡 そういうことなんですよ。ライブ一本が自分たちの表現、ひとつの曲っていう単位に考えてしまうところがあって。
今のシティーポップの人たちは、一曲一曲を大事にしてて、そこにお話をいれて。そこに違和感があるのは銀杏の影響

セキモト そうすると、僕はシティーポップです

大河内 確かに作家的、作品を創っていう

セキモト 僕も銀杏はクソ聞いてます。銀杏しか聞いてなかったくらい

片岡 カバーアルバムが出たじゃないですか

セキモト マジっすか?

片岡 YUKIとかYSIG(YOUR SONG IS GOOD)とか。なんかYUKIが漂流教室とか歌ってて

セキモト でも聞きたくねぇなぁーそれ(笑)

片岡 多分一生買わないんですけど。
今の銀杏の曲を聴いたら、終わったなって思っちゃうんですよ。
それは銀杏が終わったんじゃなくて、自分の中の何かが確実に終わったんだなって。
青春かもしれないし。音楽に手を合わして(合掌して)いた自分じゃ無くなったってことかも知れないし。何かしらが終わったなっていうさみしい気持ちになるから、聴きたくない

白岩 これ、十年前に出逢ってたらめっちゃ好きだったろうなっていう

片岡 本当は銀杏が売れて欲しくなかった。パブリックになってしまった。そうやってみんながカバーしていいような歌じゃなかったんですよ、本当は。
今でも銀杏への愛情を言える人は人生を謳歌してる人なのかなって若干思っちゃって

セキモト それを見て、終わりを感じない人ってこと?

片岡 そうです、それは次のステージにいっている人。銀杏をひとつのツールとして活かせるようになっている人。
越えてしまって、棚に一枚のCDを入れたみたいな。そこまで突き放せないから、もう聴く事をやめました

セキモト 最近メンバーが入ってバンドサウンドになってて、それを聴いた時に、なんか違う、とかそういうのじゃなくて、ああよかったなぁって。バンドになって良かったなぁっていう暖かい気持ち。多分それは自分の手から離れたからかも知れないですね

片岡 そうかもしれないですね。正直、自分はまだ愛情があるので

セキモト フグリさん一途ですもんね

片岡 それはわからないですけど(笑)。銀杏ボーイズはでかすぎる。
すべてを変えてしまった。ブルーハーツよりデカいですよ、影響は

セキモト そうですね。僕らはブルーハーツではない。

片岡 中学の時はスピーカーを抱きしめて毎日ブルーハーツ聴いてましたけどね(笑)


初めて買ったCD

セキモト でも、お前そんな音楽やっててそんなの聞いてるのかっていう、それが面白いっていうか

片岡 銀杏のことですか?

セキモト に限らず、その人の歴史を知るのがおもしろい。初めて買ったCDは?

片岡 スピッツです。リサイクルヒッツ

大河内 川本真琴、1/2

一同 あーー

大河内 るろけんで聴いて、いい曲だなぁって。八センチのやつ

セキモト 僕、ケミストリーです

片岡 スキー場で聴くのが好きでしたね。リフトの距離感と、ごとごとごとっていう環境音と、遠くで聴こえるケミストリー

セキモト 山の向こうから。それ、いいですね

片岡 たまにスピーカーに近付いて。ケミストリーとMisiaしか流れてなかった
その場所でしか聞けない音楽だと思ってた

白岩 鈴木さんは?

鈴木 涙がキラリ

片岡 耳が痛くなるイントロの

白岩 カップリングがルナルナの

鈴木 そうですね


片岡 ☆ですね。

白岩 ウォークマンのCMの

片岡 あんな耳が痛くなる曲を

鈴木 ロビンソンが好きだったんですよね

片岡 羅針盤のカバー

セキモト あれは最高。100点。

片岡 羅針盤の終わってる感じが好きで



セキモト 賢者タイム感

片岡 そうそうそうそう!!いいこと言いますね。賢者を感じる音楽が好きです

セキモト 僕もあの賢者タイム感にはめちゃくちゃ影響受けました。あれになりたいっていう。終わったぜっていう

片岡 そう、アシッドフォークに俺が惹かれたのは、終わってる感じがしたから

セキモト アシッドていうと、誰ですかね?

片岡 うーんサイケデリックムーブメントの傘下にあったフォークっていうのは基本的にアシッドだから、、日本だったら、、森田童子?

白岩 あー、アレはでも、左翼の、色々あるからちょっと違うかな

大河内 死後感。それは好き

鈴木 渚にてとか?

片岡 渚にてとか、ゑでぃまぁこんとか

白岩 溶け出したガラス箱

片岡 そうですね、でもちょっときついですね、あそこまでいくと。

白岩 でもアシッドも、作られた者と天然系あるじゃないですか

片岡 ありますね、ヴァシュティバニヤンとか。あれは雰囲気ものですけどね。好きですけど

セキモト 藤原さんは?

藤原忠(歌手、新宿ナインスパイスブッキング担当、以下藤原)ピクミンの主題歌

大河内 完全に変化球

片岡 ピジョンズですね!(正しくはストロベリーフラワー)極東最前線に入ってる。凄く良いんですよ

大河内 持ってる!聴こう

片岡 今やってないのかな?2人組のハンバートハンバートみたいな。アルバム売ってなくて

セキモト あの曲も、死に向かっていく。

大河内 死感ある

藤原 小学校の時に聴いて切ない気持ちになった

片岡 死生観そのものみたいな。アニミズム的な曲なんですね。生き物とは?みたいな

セキモト そして食べられる

大河内 歌詞が死に向かってる

白岩 前提に死を置き過ぎてる


死について

セキモト みんな死が好き過ぎる。どんだけ死神に媚びてるんだっていう。死ぬの恐過ぎだろって

大河内 犬死にだけはしたくないですね

片岡 死をどこまでハードに捉えるかっていうのは差だと思うんですよね。
抗う人もいるし、ひとつの時期として捉える人もいるし、少年、青年、的な
多分そういう人の方が好きなんですよね

鈴木 死、、死があった方が、これは別に醸し出すって訳じゃなくて、
異質としての死があった方が緊張感が増すかなぁって。
死に縋りつくっていうのは、ハイになれる方法かなぁって。
体弱ってる時が逆にいいって。怖い!っていうのは重要な気がする

セキモト 体調悪いほうが歌える?

鈴木 歌に縋りつくっていうか。常に怖さを持っていれたら。健康だけども

大河内 死が好きだけど、死ぬのが怖い?

セキモト ありますね

大河内 死んだ方が楽なんじゃないかって合間合間に思うけど、いざ近付いてきても、そんなこと言われてもって

片岡 最後のエンタメじゃないですか。死って。マジ知らないんで、どうなるのか。IMAXなんてメじゃねーぜっていう

セキモト 死がエンタメ

大河内 死ンため

片岡 でも大河内さんがこの先このレベルでずっと居たら死んでるのと一緒じゃないですか?自分の中ではあるんですけど、売れないっていう。40、50でバイトして歌ってって。ある意味死んでないですか?

大河内 それは本当に怖い

白岩 最近映像的にはステップアップしてるんですけど、一日か二日に一回くらい、これ、どうにもならんだろ、、って

片岡 そういう怖さが報われるかは分からないけど、、ギャンブルってところもあるけど、そこまで投げれないから、資本主義の犬

セキモト でもギャンブルだったらどこかにベットする訳じゃないですか?自分のコインを。それができない人って、それはそれで死んでますけどね

片岡 それはどういうことですか?夢を持たずに生きるってこと?

セキモト 選択をしない人。捨てられない人ですよね

片岡 そうですね、俺やっぱそういう話になるとどっちが上か下かって考えちゃう男根主義なので(笑)
底辺バイトも色々やって、見て来てて、俺の方が上だって思うことはあるけど、実際どうなんだ?っていうと分からない。
今の時点の幸福度ではああいう人たちの方が上かなって気もしますけどね。変な話、偉そうな言い方になりますけど、神様に授かった才能があるので創らなきゃいけない

セキモト 言い切った

片岡 いや、曲なんて本当は創んなくていいんですよ。でも、もらってしまったら責任がある。そこからアーティストとしての意識が始まるんじゃないかなって。
才能を頂いた以上は社会に還元する必要があると思う。
普段は意識しないけど、ずっとプレッシャーとしてある。できないできないって。曲が。別に創らなくていいんだけど。
それは人気を獲得するっていうのとは別の次元で作り続けなきゃいけない。才能っていう罪を背負った上での罰が活動して、創り続ける事

一同 。。。。。

片岡 すいません、なんか(笑)


作詞

白岩 僕は創作っていうものをやりはじめたのが遅いから、やんなくても生きていけるってことが分かってしまっていたし、それと別で、自分の意志でやってると思います。でも曲がりなりにも思うところはあって、突き詰めるまでも無く、何もしなくてもいいし、会社員だったし、色々やり出すのがおそくて、諦めばっかりなところで生きて来たので、今動きまわってますけど、ちょっとでも休んだら終わるな。ってのはある

大河内 そうですね。それは怖い。何かのきっかけで、楽器触れなくなって、声が出なくなったら

白岩 桜木花道のような例えを頭の中で浮かべますね

片岡 言葉にしてください

白岩 山王との試合で、ケガで代わった方がいいって言われるけど、
「俺は今代わる訳にはいかない」っていう

片岡 次は無い

鈴木 みんなどうか分からないけど、創ってる時が一番幸せ。創ってる迷路を解いている時

大河内 それはある!

セキモト うひょーーみたいな

鈴木 こういって、こうみたいな

大河内 それまでは辛いけど、パーツが揃ってきて、もう完成だっていう瞬間が一番気持ちいい。余計なこと考えてない

片岡 よかったーって思いますよね。これで一ヶ月なんもしないでいいって

大河内 そうそう、安心しちゃう

片岡 締め切り終わったーっていう。
どんどんめんどくさくなるんですよ、曲創るの。最初の方が楽でした

大河内 なんでだろうね?あれは

片岡 もっといいのを創らなきゃって

セキモト こだわりが強くなってる

片岡 歌詞が書けなくなった

大河内 全然できないね

片岡 俺はお金のことばっか考えてるから。
辛いんですよ、作詞って。追い込まなきゃいけない。
戻るのが大変なので、あまり忙しく生きてると落とすのがしんどい。
逃げてますね。一番底の言葉を叩き出す、みたいなのが

セキモト 叩き出す

鈴木 なんか最近は俺も歌詞書くの辛いんですけど、しっくり来る言葉を。軽く。
それが良かったり、、なんて言えばいいかな
言葉の意味はあるけど、しっくり来るかどうかを重要にしてからは楽になったかな
いいか悪いかは別で、しっくり来るかが重要ですね

片岡 どうやって書くんですか?

鈴木 歌ってみて、この言葉がこう来た。またそれをズラしていったり、リズムですかね。歌からはじまるんですよね。歌詞を考えてから創るんですか?

片岡 完全にそうですね

大河内 え、そうなんですね

白岩 そうなんだ。へ~、、っていうのは、
みんな音楽を創る人だから、音楽が先なのかと思ってた。
歌詞じゃないけど、曲と同時進行でひとつのエモーションなり情感があって、それに見合った歌詞をってことなのかなって。
でもそれがスタートであれば、歌詞で始まっても同じことなのかなという気もしますけど

片岡 そうですね、完全に歌詞で、曲は偶然。雰囲気も考えないし、前に歌詞をおいてギターを弾くだけ

白岩 それってけっこう珍しそうですね

片岡 本当ですか。やっぱ詩っていうのが、、言葉にそこまで重みは置いてないけど、詩からですね

セキモト それ曲に起こした時って一字一句かわらないんですか?

片岡 変える時もあります。カットもあるし、、入れれない時もある。でも歌詞をサイトとかに載せるときは元の歌詞を載せますね。
書く時点で歌になんないなってものもあってそれもなんとなく分かる

白岩 他の方は?

大河内 分離してる時は、詩だけ思い浮かんで詩だけ書き留めておいて、合致する瞬間があって、そこから組み立てていく

セキモト 僕もそうですね。フレーズを溜めておいて、ピタっとくるのを待つ。大体、詩に合わせると言葉が多いから、俳句みたいな感じで、頭の中の辞書から四文字を入れていく

大河内 わかる

片岡 それがしんどいんですよね

セキモト 僕、それは結構楽。詩が上手い具合に変わっていって、適当に言葉をいれるんで、意味が曖昧になっていく

片岡 それは面白い

セキモト 伝えたいことなんてないから。「ワイやワイや!」っていう歌が歌いたくないから。色んなひとが聴いて、この歌はあのこと?ってみんな違うこと考えてくれるのがいいっていう。
歌う人と聴く人の間で上下があるんじゃなくて、聞いてる人も表現をする。対等な。
だから、説明をされると困る。
うまいこと言ったから座布団をよこせ!みたいなのが、、もう、、やんねーーし!って。
座布団よこせ!って感じが嫌。ちょっとわかんない方がよくないですか?

片岡 わかります。絵を押し付けるのとは違うってことですね。勝手に描いてほしいというか。
詩を書く時に大変なのは、言葉の水準を揃えなきゃいけないこと。言葉のレベルを同じにしなきゃいけない

大河内 急に魅力がなくなったりしますよね

片岡 ダサい言葉を入れちゃうと崩れちゃうから。格調を上げちゃうと、選択が狭くなる。俺は作詞はデザインだと思ってるので、言葉の形、行数、とか出来るだけ揃えたい。
サビだけちょっと伸びてる。全体が壺みたいになってるのが一番綺麗。
でもどうしても字余りになっちゃう時は、無理矢理漢字に変えたりする。
そうやっていく中で言葉の水準が揃っていく。同じレベルの言葉が揃ってくる。
でも使いたいけど使えない言葉も出てくる。

セキモト 制約が多くなってくる

白岩 たまにめっちゃ意図的にズラして成り立たせる人もいますよね。
映像でも、一貫性を持たせる人と、ズラしてギャップで見させる人がいる


セキモト バンプにもラッドにも凄く良い曲あるんですけど、あの座布団よこせ感が僕は本当に嫌いで

白岩 どっちも?

セキモト どっちもあります。今いいこと言ったったで!掛けたったでぇ~!みたいな。
そうじゃねぇんだよな、みたいな

白岩 着地点がしっかりしてるんですね

セキモト 予定調和っていうか。それをよしとするか。

セックス

片岡 最近思ったのが、合う人合わない人は、バンドマンとかで、女の子の話で二十分くらい話せる人とは合わないなって。
今日あの娘来てて可愛いかったっていうのとか。
ノイカシでもたまに言うけど、30秒がピーク。恥ずかしいですね。
バンドとか控え室にいて聞いてたらずっと喋ってたりしますけど。なんか違うのかな?って

セキモト でもセックスを越えるために音楽をやってるってないですか?

片岡 あー

大河内 でも同じくらいセックスしてる音楽性の人もいて、、上げ上げな。すっごい偏見だけど下北のバンドマンとかイメージがチャラい

セキモト そのチャラさへの怒りみたいなのがありますか

大河内 嫉妬なのかな?

セキモト それもあるけど、他のなにかもあるんじゃないですか
チャラさへの怒り

片岡 セックスは重いものとして俺は捉えています 罪の意識が

セキモト キリスト教徒なんですか?

片岡 じゃないんですけど、よくないことっていう意識が

白岩 みんな多分、性的なことじゃないんだけど、コミュニュケーションとか、ここに居る人は重くシリアスに捉えているんじゃないかなって気がする
さっき話が出てた、イケイケな人たちって、いろんなことを軽やかにこなしてしまう。
表現も、口当たりよく、悪く言えば水増し感のあるっていうイメージが、ややありますね

セキモト 全員、気にしいみたいな


自意識

片岡 被害妄想は、凄くあります

セキモト わーーーって

白岩 僕自身もそういうタイプだし、映像で関わってる人ってそういう系か、シリアスな人か、そういう意識も全部ふっとばした意味不明な人か

片岡 バイトとかしてて、片岡くんよく働いてくれて助かるよって言われたら、「どうせ裏では家畜くんとか呼んでんだろ」とか。「奴隷くんがんばっちゃってたよ~」とか

セキモト 繊細じゃないですか

片岡 どうせ裏では、、っていう

白岩 映像やってて、音楽の人にそう思われてるんじゃないかって。「よく分かんないけど撮ってるヤツきたぜ」みたいな

セキモト そういうのもガソリンになりますよね?

片岡 元気なときは

セキモト 僕、そういうの無い。恐いけど、結局みんな、いいヤツっていう

片岡 俺はないですね

セキモト みんな一緒って思っちゃうから、そういうのない。競争心がない、、?そりゃあ良いって言われたいし、モテたいけど、
みんな頑張ってるなって。じーんときちゃう。そういう強さはない。ハングリー精神?

片岡 ハングリー、、

セキモト ちょっと違うかな

片岡 組み敷きたい、みたいな

白岩 音楽に於いても、生活に於いても、こういう枠があって、この中に収まることをやってるんじゃ無いじゃないですか。
そうすると、そういう意識がやっぱりあるんじゃないかなって

片岡 どういうことですか?

白岩 所謂、ノイズってやってるけど、普通の文脈の中では正統派じゃないし、歌手としてもそうじゃないと思うし、
そこで周りに対するそういう意識ってあったりするのかなぁって。どうせ思われている。って

片岡 でも、どうせ友達にはなれないだろうなって思ってますよね。友達っていうか、本当に信頼はしないんですよね、基本的に。どんな場合においても。
その状態が好きじゃない。またバイトの話で申し訳ないんですけど(笑)、
凄く覇気のない人が(バイト先に)来て、それになんでムカついたかっていうと、「その状態で許されてるそいつがムカつく」って思った。覇気がなかったり、暗かったり、毒舌だったり、それで許されてるお前の境遇がムカつくんだ!っていう(笑) それが答えだと思うんですけど。愛されやがってって。本当に暗い人っていうのは必死で隠そうとしてるはず。
無愛想で暗い自分でいけるお前は幸せだなって

白岩 あからさまにそれを見せてよしとされてる

片岡 仲間内では毒舌キャラで通ってますから、わたし。っていう

鈴木 そういう人いるとキツいですね

片岡 でも基本はそんな感じですよ。自己愛が、、聞いてみたら違うかも知れないけど

大河内 僕は割り切ってますね。辞めたらもう金輪際、遭わないし、そこで会うだけの人

片岡 俺もずっとそうだったけど、最近耐えられなくなって来たんですよね。蹴っ飛ばすぞコラッて。でも、ひょっとしたらバンドがちょっと人気になってきたからかも知れない。誰だと思ってんだ!っていう(笑)
話を変えましょう(笑)

白岩 二十分以上女の話をしましょうか

片岡 まったくない


仕事

片岡 なんか「仕事はとりあえず三年やってみろ」って言いますしねぇ〜とか言われると、出た、、みたいな。慣用句を言われると一気に冷めます

鈴木 自分の言葉じゃ無い

白岩 でも三年以上やって良かったですけどね

片岡 そういうことじゃないんですよ、今言いたいのは

白岩 いやいやわかりますわかります(笑)でも三年以上に関しては

片岡 重みのある歴史の言葉ですね

白岩 そういうことだったのかっていう

鈴木 それはあるんですけど、キツいにすがるのは考えの放棄だから。
もちろん、そのキツいを楽しいに変換すればいいんだけど、キツいを五年やって、キツいで終わったっていうのは。
でも分かんないな、、キツいを五年間やっていない俺が言うのは失礼かな。
それはそれで良さがあるのかな

片岡 仕事にですか?

鈴木 キツいッていうか、なんだろう。んー

片岡 仕事は、他人の夢じゃないですか。それに時間を使いたくないから就職したくなかった

白岩 でも就職したら、他人の夢もクソもなくて、みんなそう思ってやってる。って世界でしたね。皆んなが皆んな、しょうがなくやってるんだなっていう。
それで社会が成り立ってるっていうことを思ったときにある種の絶望感がありましたけど

片岡 変な話、物を創らなくていいから出来るんだと思う。話戻りますけど。
俺はやっぱ就職しても、そしたらギターは土日だけかぁって。曲いつ創ろうかって。
そうなると仕事って、つまんないと思う

大河内 足かせになっちゃう

片岡 マジで就職して働けるんだったら、それはいいことだと思う。そういう人生も全然いい

白岩 でも今でもやったらやれちゃうんだろうなって思う。
生粋の創ってないと居られない人じゃないと思うから、自分の意志でやるやるやる!って。もっと早くからきちんとやるべきことをやってれば違ったのかも知れないけど、
一番やるべき時にやらずに、置き去りにしてきた人間なりの表現しかやらないし、
それを自分の意志でやってやる。っていう、そういう感覚があります。
そうすると、詰まるところ、じゃあそれ、やらなくていいんじゃない?ってなるけれど、
でも、やらなくていいようなものだが、やる。それは自分にしかできない。
極端な話、自分はその天才だって感覚はあります。恐ろしいこと言ってますね

片岡 白岩さんは未だ、撮ってますもんね。やっている人を撮っている

白岩 他の人はどう思ってるかわからないけども、自分でしかこうはならないっていう撮り方なり編集なり、をしようと思ってますけど。
だから、ツイッターとかで流れてくる他人の作品とか超チェックして、超勝ち負け判定してます。こんなもんか、よかったよかったって。
時々うわ、、すげーーっ、、てのもありますけど。
そんなことは重要じゃなくて、やるべきことやればって感じなんですけど。
映像をやるにしても、みんなで仲良く色んなところで色んな人とってのが出来なかったし、今もそんなにやる気はないんですけど、
そういう集団の中で、映画業界とかを見ていても、無駄が多いし、自分のもまだ満足いくレベルにはないけど。
基本的に一台で撮って、五台でやって無駄な編集している人に勝ちたいって

片岡 それはでも作家的勝ち負けとは違うんですかね?職人的な

白岩 んー、確かに音楽のものに関してはそういうところがあるかも。
あとは会社員をそれなりにやっていたので、無駄とか効率とか、
よくサッカーの例えをするんですけど、今って仕事の仕方においてもドラマチックが好まれる。
撮影の日程を組んで、それをこなすって時も、よく人のに参加して思うのが、色々都合もあるんだけど、
どう考えても無茶な、七割がた無理な日程を組むのって。

片岡 日本の悪い所ですかね?それって。

白岩 それで結局わちゃわちゃしてなんとか終わらして、アー終わったー!みたいな
それを美徳としているというか。
僕は絶対大丈夫なのを考えて、やるんだけど。
一緒にやってる人はそういう現場知ってたら、僕とやっても高揚感ないんだろうなって。
ここでサッカーの例えなんですけど、
ゴールキーパーがスーパーセーブして停めて、なんとか勝った!ってのが好まれるんですけど、仕事的な部分で言うなら、キーパーが良い読みで胸でキャッチとか、良い戦術で、そもそもシュートを打たせない。
仕事としてはそういう風にやりたい

片岡 俺は締め切り人間なんで。ギリギリまでやりませんね(笑)

白岩 そういう人もいますね

片岡 なんかあるんじゃないかなーって。原稿を書くとかでも、締め切りぎりぎりまでに文章力ちょっとでも上がるんじゃないかって。で、アー終わったー!って(笑)

白岩 僕は、準備命ですね。
特にミュージックビデオとかやってると、音楽の人は映像のこととか知らない人が多いから。その日程で!?ってことはありますね。でもやりたいのはやるので、臨機応変にやれるようになってる気はしますけど
演奏に於いてもなんですけど、曲がかっちりしてて、それをどのライブでも均質なレベルでやるって人と、ある程度の即興性というか、その場でこうなったからこう、って変えていくみたいな。

(了)


(収録 2016年12/23-24 大久保ひかりのうま)